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2026/09/21: 罅が結成するまで



はじめに


どうも、罅のカヤハラ(Gt.Vo.)です。
罅の出自ってあんまり話したことないな、と思い立ったので書きます。


名フォ


当時栃木の曲作りが好きな高校生であった僕は、「楽曲制作もコピーバンドもどっちもやれるサークル」があったらいいな、と漠然と考えていました。
幸運にも、受験しようとしていた大学にぴったり合うサークルがあったのですが、サークルのメンバーのSNSを調べていくと「どうやらかなり陰湿なサークルっぽいぞ……?」という兆候が見つかっていきます。

どう陰湿かと言うと、新入生が部員一同の前で自己紹介する際、黒板に「好きなアーティスト:なんでも聴きます」などと書くと、明らかにジャズを聴いていなさそうなのを察した上で「好きなジャズはなんですか」とか聞きます。陰湿ですね。
(僕はそういうことは一切しませんでした。念のため。)
僕は入部前にネトストを敢行し、サークルメンバーがまとめられたTwitterのリストを見つけ、傾向と対策を練った上で「好きなアーティスト:Penfold, Sigur rós」と書いたので無事でした。準備は大切ですね。

こうして入ったサークルが名古屋大学フォークソング同好会。通称「名フォ」です。
他のメンバーとはこの名フォを通して出会っていきます。
ちなみに、DOIMOIは名フォの大先輩です。DOIMOIマジでかっこいいですよね。


DOIMOIの皆さんと面識は一切なく、ライブを見たことがあるだけのただのファンです。


ヒラコ


こうして僕は名フォに入部しました。
名フォはかなりニッチな音楽のコピーをやりつつ、一部はオリジナルバンドをやるようなサークルで、各代のメンバーは10人前後の小規模なサークルでした。

一方、僕の代の入部希望者は異様に多く、春先にはたしか50人ほどの新入生がいました。
その多くは名フォに合っているとはとても思えない、売れ線のバンドしか聴いていない新入生たちで、かなり尖っていた自分は「夏までにどうせ辞める」と踏み、同学年なのにろくに会話もしていませんでした。(今はそんなことしません。)

予想は的中しそのほとんどが次々と退部したのですが、予想を裏切り夏以降も所属し続けた一人がヒラコです。
正直「こいつどうせ辞めるんだろうな」と思って接していたので、第一印象などは覚えていません。
自分もヒラコもBUMP OF CHICKENがマジで好きで、たしか一度「ロストマン」のコピーを一緒にやった気がします。


自分はサークル時代ほとんどボーカルをやっていなかったのですが、なぜか「ロストマン」はギタボをやった気がする。


マツモト


そうこうするうちに季節が巡り、新たな春が来て、僕は2年生になりました。
我が大学では、新入生のオリエンテーションを終え、会場の出口までの道の間に100以上のサークルがブースを構え勧誘し続けるという、通称「地獄の細道」という恒例行事があります。

2年生になった僕は、バンドに興味がありそうな新入生に声をかけて名簿に氏名&メールアドレス&好きなアーティストを書かせる担当になり、ひたすら自分に振られた役割をこなしていきました。
数十人と面談を終えるも、好きなアーティスト欄には数多のワンオクやRADが並び、あまり名フォに合いそうな新入生はおらず、「あまり気の合う新入生はいないのかな……」と気落ちしていた時でした。

好きなアーティスト欄に「tricot」と書く新入生が現れ、僕はめちゃめちゃ勧誘しつつ名簿に書かれたメールアドレスを自らのスマホに控え、後日私用のアドレスでメールしました。(普通に個人情報保護法違反です。)
その新入生がマツモトで、ジャズ研に入部しようとしていたマツモトを無理やり引き入れ名フォと兼部させ、めちゃめちゃ一緒にコピーバンドを組み、今に至ります。
たぶんマツモトと一緒にコピーしたアーティスト数は50を余裕で超えてる気がする。

また、ギタボ・ヒラコ、リードギター・僕、ドラム・マツモト(+ベース・山口)で何度もcinema staffのコピーをしたのですが、これは罅結成にかなりの影響を与えている気がします。


マツモトはチェロが弾けるため、「two strike 2(to) night 決定版 @SHIBUYA-AX」ver.の望郷&海についてのコピーもやりました。懐かしい。


名フォ後期~社会人


そうこうしているうちに僕は3年生になったのですが、僕は同期に一切馴染めず、同期の中でも辛うじて話しかけやすいヒラコとつるんだりしていました。悲しいですね。
マツモトとはYというオリジナルバンドを組んだりもしました。

そして、4年次に卒業制作と銘打ってMVをリリースし、学部を卒業して就職のため上京しました。


これもドラムはマツモトが叩いてます。MVに出演もしてもらっている。


オサダ


大学卒業後、院進した同期や後輩から妙な噂が流れてきます。
それは「カヤハラが卒業したらカヤハラみたいなやつが入ってきた」というものです。
確かめるために大学祭ライブに赴き、その「カヤハラみたいなやつ」と対面を果たしました。
それがオサダです。オサダは僕の一歳下で4年から名フォに加入してきたため、僕やヒラコとはサークルでは被っていないという変な関係です。

その後、1度しか対面したことのない状態でなぜか僕から「俺とPodcastやらない?」とDMで誘い、なぜか快諾され、undrcastというPodcastを始めました。
絶対に長続きしないはずの経緯で始まったのになぜか続き、気が付けば5年経った今でも続けています。奇妙です。


開始早々「話すことありません」と宣言するありえないPodcast、それがundrcast。


罅結成へ


そんなこんなで上京し社会人になって5年近くが経ち、安定した生活を送っていたものの、音楽の道に進み成功している旧友たちを見ては複雑な気持ちになる日々が続いていました。
そこで一念発起し、友人hitoshikoと「導いてくれ」という曲を作り、個人名義でリリースしました。
これをリリースした際にオサダから「バンドとかやらないんすか」と言われ、「じゃあ一緒にやるか」となり、同様に上京して社会人生活を送っていたヒラコとマツモトを誘って始まったのが罅です。

2024年から音源制作を始め、2025年1月に1stアルバム「Nothing Important」をリリースし、2月からライブ活動を開始しました。
当初、活動方針は「たまに音源作る。ライブはほとんどやらない。緩くやろう。」と言っていたのですが、気づけば毎月ライブし、1年半で3枚アルバムを出していました。不思議ですね。


罅の2ndアルバム「GUITAR」でセルフカバーしてます。感慨深いですね。


まとめ


以上が罅結成までの経緯です。
気になるところがあったら気軽に聞いてください。